すこやかであれ

健康とは何か。 
世界保健機関(WHO)は
憲章でこのように述べている。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが
満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)

この定義によって、WHOでは、医療に限定されず幅広い分野で、人々の健全で安心安全な生活を確保するための
取り組みが行われているのです。 

続けて、
こんな記述もあった。

この憲章の健康定義について、1998年に新しい提案がなされたことがあるという
ことはご存知でしょうか。

Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

静的に固定した状態ではないということを示すdynamic は、健康と疾病は別個のものではなく連続したものであるという意味付けから、
また、
spiritualは、人間の尊厳の確保や生活の質を考えるために必要で本質的なものだと
いう観点から、字句を付加することが提案されたのだと言われています。


今も昔も
健康であることは
非常に大切で
非常に難しいことで、
非常に幸せなことだと
しみじみ思う。


体も心も精神も社会も
満たされた状態である
ということは
地球に万遍なく同時に
太陽光が当たるくらいに
難しいことだけれど。。。


不完全ながらも
満たそうとすることが
我々生きる者の
努力目標なんだと思う。


争いの絶えない
世の中だけれど、


闘うべきは
災害と老い
だと思う。


今年最後の
両親とのランチ。


歯槽膿漏で
辛い思いをした父は、


母に心配をかけたから、
少しでも健康で
長生きするように頑張る!
と誓っていた。


どうやって?
と尋ねると。。。


カラオケで。
だそうだ。


楽しいことなら
続けられる。


じゃ、
先に行くね。
と、父はカラオケへ。


母と娘は
会話を楽しむ。


母は買い物や
図書館通いのために
ウォーキングに励む。


健康寿命は
75歳付近だから、
父は平均を超えたことになり、
母もあと5年で平均に差し掛かる。


医者に殆どかからない
両親は優等生だ。


娘の私のほうが
あちこちガタがきていて
父にダメ出しされている。


68歳くらいまで
確か父は働いていた。


最後の転職は
50の頃だった。


仕事の内容を聞いたら
サービス残業が
当たり前だった。


配送の仕事と
市場の手伝いをしていたお陰で
引退後も地域で支障なく
シニアライフを楽しんでいる。


関節痛に悩む娘に
両親は揃って
きくち体操を薦めてきた。


80過ぎても
驚異的な若さなのだと。
憧れのようだった。


健康の定義に戻って。。


体と心と精神が
社会的に
そして
「経済的」に
満たされていること
大切なんだと思った。

経済を窮地に追いやる
原因としても、
災害と老い
があると思う。

そのうち、
後者は自助で
可能な限り守ることができる。
災害もやはり自助で
備えることはできる。


新たに憲章に加えられた
スピリチュアル
という言葉。


尊厳
なのではないかと思う。


自己を保つために
犯罪がおきたり
争いがおきたりが
なくならない。


その人らしさ
押さえつけられると
爆発する。

それは
本能だから
肝に命じないといけない。


その人らしさ
その人にしか
わからない。


我々周りにいる人が
出来ることは、
せめて
腕一本伸ばせるだけの
パーソナルスペースを
確保して静観すること。
関わり過ぎないこと。



その人が
自分の力で
その人らしさを
取り戻せますように。



テーブルを介して
対話できるような
空間や時間を
楽しめますように。


来年も
すこやかで
あれ。


Mahalo,nui!!




SLOW DOWN LIFE

あらゆるものが加速する中で 敢えて減速して生きていく。 マイペースに。丁寧に。 不定期に綴る、 減速生活のススメ。

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